パーパスの制定

事業を通して解決する社会課題
その先の「笑顔」がグループの存在意義

富士フイルムグループは、2024年1月20日に創立90周年を迎えました。1934年に富士写真フイルムとして創業以来、写真事業の拡大やグローバル展開、事業構造の転換を図るとともに、社会課題の解決に貢献する企業として進化してきました。写真フィルムを国産化し、写真文化の普及・発展という高い志を持ち続けながら、さまざまな困難を乗り越え、情熱を持って新たな可能性を切り拓き続けてきた90年間は、挑戦と努力の歴史そのものだと感じています。

 

事業領域の拡大に伴い、現在グループ会社は270社を超え、約73,000人もの従業員が世界で活躍しています。さまざまな才能を持つ、国や文化が異なる従業員がこれからも当社で働くことに誇りを持ち、同じベクトルに向かって富士フイルムグループの未来を一緒に創っていくためには、全事業共通で目指すべき方向を示す「旗印」が必要だと考えました。そこで、90周年を機にグループパーパス「地球上の笑顔の回数を増やしていく。」を新たに制定しました。

 

パーパスの立案にあたっては、国内外の当社グループの従業員と私自身を含む役員が1年以上かけてディスカッションを重ねてきました。ディスカッションを通じて気づいたのは、「地球上の笑顔の回数を増やしていく。」というパーパスは、当社グループの歴史・文化・働く人々の心の中にすでに存在したコンセプトだったということです。それ故に、このパーパスは私にとって「新鮮であると同時に、とても身近なもの」に感じられました。振り返ってみると、私が約40年前に富士フイルムへの入社を決めた理由は、この会社で仕事をしていく中で、「世界の人を幸せにする」を実現できると考えたからです。写真は感動や幸せの瞬間を留めるものであり、より多くの人に写真を撮ってもらえれば、世界に幸せを広めることにつながるという入社時の動機がよみがえり、パーパスの「笑顔」という言葉にある種の高揚感を覚えました。噛みしめれば噛みしめるほど、富士フイルムグループの事業とのさまざまなつながりが見えてくると思います。

 

このパーパスには、企業としての社会貢献や社会課題の解決の先に「笑顔」があり、この「笑顔」が富士フイルムグループの存在意義であるという思いが込められています。例えばバイオCDMO事業では「Partners for Life」というビジョンを掲げ、従業員のアスピレーション(志)を原動力として、製薬会社から生産委託を受けたバイオ医薬品を必要とする患者さんに届けることができます。最先端のバイオ医薬品を安定的に供給することは社会課題の解決につながり、結果として「笑顔」の回数が増えます。「笑顔」は、富士フイルムグループの全事業を通じて創っていきたい未来の光景です。

本年1月20日に発表したこのパーパスを従業員と共有し、事業活動を通して体現するために、私は8月末までに国内9拠点、海外8か国を訪問し、タウンホールミーティングやパネルディスカッションを行ってきました。従業員との対話を通じ、それぞれが「自分はこれを実現したい」という自らのアスピレーションにつなげていることを実感しました。私のみならず、各役員が国内外の拠点において、パーパスに関する従業員とのコミュニケーションを実施しているほか、現場でもそれぞれ工夫した対話会が展開されています。これらの活動を通じてパーパスが浸透しつつあり、富士フイルムグループの従業員がパーパスにエネルギーを与えているという手応えを感じています。

ドイツで開催されたパネルディスカッションには、約100人の従業員が会場に集まったほか、約1,000人がオンラインで参加しました

VISION2023の振り返り

従業員一人ひとりの貢献が過去最高の業績につながる

富士フイルムグループは、2023年度を最終年度とした中期経営計画「VISION2023」の期間を通して、成長領域であるヘルスケアおよび高機能材料(現・エレクトロニクス)分野を中心に約1.24兆円の成長投資を行いました。また、2023年度には全社売上高2兆9,609億円、営業利益2,767億円と、売上・営業利益ともに過去最高を更新し、次の成長に向けた足がかりを築きました。この成果は、事業ポートフォリオ変革を経て、外部環境が目まぐるしく変化する中でも、持続的に成長できる力が当社に備わってきたことによるものです。

 

事業ポートフォリオの観点から振り返ると、ヘルスケアや電子材料事業(現・半導体材料事業)に対する積極的な成長投資を着実に進めるとともに、イメージングを成長軌道に乗せ、収益を大きく拡大させたことで、将来にわたる強固な事業基盤を構築できました。M&Aとしては、2021年に日立製作所の画像診断関連事業、2023年には米国の半導体材料メーカーEntegris社の半導体用プロセスケミカル事業を買収し、それぞれの強みを当社の技術や資産と掛け合わせながら、グループシナジーのさらなる創出につなげています。振り返れば、2021年3月の私自身の社長就任発表は、日立製作所の画像診断関連事業の買収成立を発表した日でした。「ヘルスケアを重視していく」という当社のメッセージを多くの方々にご理解いただけたと思います。新たな価値創造に積極的に取り組み、社会の力になる決意を新たにしたことを今でも鮮明に覚えています。

 

一方、キャッシュ創出力の強化として掲げたCCC、ROIC、ROEなどの資本効率の目標が達成できなかった点を課題として認識しています。バイオCDMOを中心とした成長領域への大型設備投資を追加で実施したことに加え、コロナ禍での製品の安定供給を優先した棚卸資産の確保などによる影響を受けたことが主な要因です。今後、市況をはじめとする環境変化に対して柔軟かつ迅速に対応できるレジリエンスを強化しながら、各事業の収益性を向上させていきます。

VISION2030で目指す姿

世界TOP Tierの事業の集合体を目指し
収益性と資本効率を重視

VISION2023の遂行の中で明らかになった課題を受けて、富士フイルムグループは2024年4月に新たな中期経営計画「VISION2030」を発表しました。VISION2030は、2030年度をゴールとする長期CSR計画「Sustainable Value Plan 2030」の目標を実現するためのアクションプランです。収益性と資本効率を重視した経営の推進により、富士フイルムグループの企業価値をさらに高め、世界TOP Tierの事業の集合体としてさまざまなステークホルダーの価値(笑顔)を生み出す会社へ進化することを目指します。この実現に向けて、私たちは成長の種をまき、その成果を実らせて刈り取るというサイクルを回しながら、経済的価値と社会的価値の両方を追求し、さらに「稼げる会社」に進化させていきます。「稼げる力」をさらに高めていくために、各事業部門が具体的な施策を実行していく3か年として2024~2026年度を位置づけ、取り組んでいきます。

新規/次世代・成長事業への投資や組織再編により
事業ポートフォリオを強化

さまざまなステークホルダーの価値を生み出し続けるために、さらなる事業ポートフォリオの強化に取り組んでいきます。2024年6月には、エレクトロニクスのディスプレイ材料事業、産業機材事業、ファインケミカル事業を統合し、新たにアドバンストファンクショナルマテリアルズ事業部を設立しました。あわせて、ディスプレイ材料研究所と高機能材料研究所を統合し、アドバンストファンクショナルマテリアルズ開発センターを新設しました。この組織再編により、3事業の多様な製品、ビジネスモデル、顧客基盤、人材を活用し、エレクトロニクスの利益最大化と新規事業創出を加速させます。


また、バイオCDMO事業や半導体材料事業など大きな成長が見込める事業領域には、積極的な投資を継続します。本年4月に、米国ノースカロライナ州に建設中のバイオCDMO拠点の設備増強のため、約1,800億円の大規模投資を発表しました。


このような大型投資に対しては、将来の収益性を見据えたシビアな判断が必要です。事業ポートフォリオの最適化を目指し、成長領域のヘルスケアであっても、当社がベストオーナーではないと判断される事業があれば、是々非々で売却の意思決定を行ってきました。具体的には、再生医療製品を提供するジャパン・ティッシュ・エンジニアリングや、放射性医薬品事業、日立製作所から買収した画像診断関連事業の中から、電子カルテ・レセプト事業を売却する決断をしました。

ビジネスイノベーションはグループの総合力を強みに
さらなる事業成長を実現する

drupaでは、過去最大の展示スペースに出展
拡大
drupaでは、過去最大の展示スペースに出展

事業ポートフォリオ再編の一環として、グラフィックコミュニケーション事業をビジネスイノベーションに統合しました。この再編により、ビジネスイノベーションは、刷版材料におけるグローバルでの強固な顧客基盤や、生産ラインの統廃合により構築したリーンな体制、ゼログラフィー技術とインクジェット技術を併せ持つことによる顧客への提供価値の拡大などのグループの総合力を強みに、さらなる事業成長を実現していきます。


成長に向けた新たなスタートの場となったのが、ドイツ・デュッセルドルフで開催された世界最大の印刷・メディア産業展「drupa(ドルッパ) 2024」です。アナログ印刷からデジタル印刷、顧客のデジタルトランスフォーメーション(DX)まで、世界最大規模の製品ラインアップを誇る唯一の存在であることを世界に発信する大舞台となりました。


私も現地に赴き確信したのは、デジタル印刷やパッケージ、サイネージなどの分野では新たなビジネスチャンスが生まれており、グラフィックコミュニケーション事業には成長の余地が十分にあるということ。実際に、当社グループの総合力や環境性能の高さを評価いただき、多くの商談を獲得できたほか、当社製品を扱いたいという販売代理店からの引き合いも相次ぎ、大きな成果がありました。国際印刷業界の変革をリードして多くのお客さまに価値を提供していきます。

資本効率向上、投資リターンの確実な創出
研究開発マネジメントに注力する

現在はバイオCDMOなどの成長事業への投資フェーズにあり、投下資本が拡大する局面にありますが、その先を見据えて、資本効率の向上と株主還元の強化への取り組みを重要課題と認識しています。まず、VISION2030で公表した通り、2026年度にフリーキャッシュフローの黒字転換を達成します。フリーキャッシュフローの黒字化により、2027年度以降は経営の自由度が高まり、自己株式取得を含む株主還元の選択肢が広がります。成長投資の成果を刈り取り、収益性と資本効率の向上を図っていきます。

収益性を向上させるには、研究開発マネジメントの変革も不可欠と考えています。事業に隣接する領域での研究開発を強化するとともに、基礎研究においてもテーマを選別し、事業化につなげるべく注力していきます。


投資家の皆さまとはVISION2030の公表以降も、ラージミーティングやスモールミーティング、1on1ミーティングの場を積極的に設けて、当社の目指す方向性を理解いただけるよう努めています。VISION2030の達成に向けた取り組みや当社の価値創造の道筋をより明確にお伝えすべく、今後も開示のさらなる拡充を含め、対話をより一層充実させていきます。

サステナビリティの考え方とグループパーパスの実現

祖業から継続する信頼へのコミットメントを
サステナビリティの観点で推進する

富士フイルムグループの祖業である写真フィルムの製造には、清浄な水や空気が不可欠です。また、写真フィルムは撮影前に試すことができないという特性上、お客さまに「信頼」を買っていただく製品でもあり、当社の企業文化には、環境保全やステークホルダーからの信頼、地域とのコミュニケーションといったサステナビリティの考え方が創業当時から深く根づいています。今後も持続可能な社会の実現に向け、社会により良い変化を生み出し続ける企業として挑戦し続けていきます。

環境課題への取り組みは
グローバルビジネスへの参加資格

富士フイルムグループは「環境課題への取り組みはグローバルビジネスへの参加資格」との考えの下、環境保全を喫緊の課題の一つと位置づけて活動しています。2023年度には2019年度比で温室効果ガス排出量11%削減という目標を達成しました。


さらに、創立90周年を迎えるにあたり、公益信託 富士フイルム・グリーンファンド(FGF)に対し、総額10億円の寄付を行うことを決定しました。FGFは、1984年の当社創立50周年を機に設立された、自然保護をテーマとした民間企業による公益信託として日本初のものです。過去40年間にわたりFGFを通して、未来のための森づくりなど、生物多様性の保全に資する活動や研究を継続的に支援してきたことは大変価値のある判断だったと感じています。そして、この活動を末永く継続していくことが当社の使命と考えています。また、当社グループは、2023年9月に自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)提言のフレームワークに賛同し、2024年6月にTNFD Adopterとして登録されました。TNFDは、企業が自然に関連するリスクと機会を評価し、報告するためのガイドラインを提供するグローバルなイニシアチブです。


本年5月には、オランダのFUJIFILM Manufacturing Europe B.V.に「Circular Manufacturing Center」を開設しました。この施設では、欧州で販売される複合機の使用済みトナーカートリッジを回収し、新品のトナーカートリッジに再生する取り組みを開始しました。富士フイルムビジネスイノベーションが1990年代から構築してきた資源循環システムの技術やモノづくりのノウハウを生かした、サーキュラーエコノミーへの重要な取り組みの一つです。

 

※ 資源の投入量や消費量を抑制しながら、ストックを有効活用し、付加価値を生み出すことを目指す循環型の経済活動

当社は、「健康」を重点課題(マテリアリティ)の一つとして掲げる中、新興国における医療アクセスの向上への貢献を目指しています。その一環として、がんや生活習慣病の早期発見を目的とする健康診断センター「NURA(ニューラ)」を事業展開しています。NURAは、富士フイルムグループの最先端の医療機器や画像診断AI技術を活用して医師の診断を支援し、約120分で全ての検査を完了させ、その場で医師から健診結果に関する説明を受けられる健診サービスを提供しています。


2021年にインドのベンガルールに開設して以来、現在インドで4拠点、モンゴルで2拠点、ベトナムで1拠点を運営しており、延べ5万人以上(2024年8月末時点)の方々に利用いただいています。この中で、5%程度に心筋梗塞、1%程度にがんの疑いが確認されています。

 

日本では一般的な、健康診断の文化をさまざまな国で広げるため、8月1日には、モンゴル国における2拠点目のNURAを同国の複合企業「Tavan Bogd Group(タバンボグドグループ)」とのパートナーシップの下で開設し、私もオープニングセレモニーに参加しました。そして、同国で高品質な健診サービスを提供する環境を構築したことなど、医療の質向上への寄与が認められ、モンゴル国のオフナー・フレルスフ大統領から「ナイラムダル(友好)勲章」を授与いただきました。多くの方々の健康を守ることに貢献できたことを嬉しく思っています。このNURA事業では、2030年度までに新興国を中心に世界100か所まで拠点を拡大し、人々の健康維持増進へのさらなる寄与を目指しています。これからも、当社の特長ある製品・サービスの提供を通じて医療アクセスの向上を図り、多くの方の笑顔を生み出していきます。

モンゴル国会議事堂にて、
統領府長官ゴンボジャブ・ザンダンシャタル氏(右)と共に

経営と連動したDX推進体制の下
ビジネスモデルを変革

当社グループでは、DX(デジタルトランスフォーメーション)の事業実装を目指し、生成AIなど最新のデジタル技術を柔軟かつ迅速に取り入れ、ビジネスモデルを変革することを経営戦略の重要なポイントとしています。メディカルシステム事業や半導体材料事業をはじめ、各事業部門でDXの取り組みを加速させており、2030年度までにより多くの製品・サービスが、持続可能な社会を支える基盤として世の中に定着することを目指しています。DXによる製品・サービスの付加価値向上や業務プロセス革新に加え、従業員一人ひとりがデジタル技術の活用によって生産性を高められるよう、人材育成への取り組みも積極的に行っています。こうした取り組みが評価され、当社はDX注目企業2024に選出されました。

DE&Iは富士フイルムグループの
成長を下支えする土台

富士フイルムグループの成長を支えているのは、従業員一人ひとりのアスピレーション(志)です。世界に在籍する約73,000人の従業員がお互いの多様性を認め合い、力を発揮できる環境を整えることが重要です。そのため、2023年10月に私を委員長とする「DE&I( ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)推進委員会」を立ち上げ、「多様なストーリーを認め合う」というDE&Iビジョンを策定しました。従業員一人ひとりの個性や価値観、経験などを尊重し、誰もがいきいきと自分の人生のストーリーを紡いでいくことがグループパーパスの実現につながると考えています。その一環で、従業員一人ひとりが変化を成長のチャンスととらえて挑戦を重ねるための自己成長支援プログラム「+STORY(プラストーリー)」を展開し、従業員の成長を多面的に支援しています。


また、「富士フイルムグループの成長は、従業員とその家族の笑顔と共にある」という思いを伝えるべく、各拠点でファミリーデーを開催しているほか、当社の創立90周年を記念し、従業員とその家族向けに東京ディズニーランドの貸し切りパーティーなどを行い、コミュニケーションを図っています。

会社が発展していくためには、従業員が心身ともに健やかであることも重要なテーマです。当社は、2019 年に「富士フイルムグループ健康経営宣⾔」を制定し、従業員の健康維持増進に積極的に投資しています。2022年4月に設立した富士フイルムグループ従業員向け健診施設「富士フイルムグループ健康保険組合 富士フイルムメディテラスよこはま」では、当社のメディカルシステム事業が提供する、最新の医療機器やAI技術を活用した医療ITシステムなどを導入しており、従業員に高品質な健康診断や人間ドックを提供しています。2023年度に受け入れ体制を拡大したほか、胃がん検診は内視鏡検査での受診を基本とするグループ方針を定めるなど、従業員の健康状態の改善や健康意識の改革に注力しています。その結果、2020年から4年連続で健康経営銘柄に選出されています。

ミッドタウン本社で開催されたファミリーデーでグループパーパスの紙芝居を披露し、従業員の子どもたちからの質問に答えました

ステークホルダーへのメッセージ

「地球上の笑顔の回数を増やしていく。」ため、
あくなき挑戦を重ねていく

当社は、事業を通じて企業と社会のサステナビリティを推進しながら、成長原資を生み出す力を高め、企業価値向上を実現する企業として、経済産業省と東京証券取引所が共同で選定する「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)銘柄2024」に選ばれました。当社グループの事業変革の軌跡や持続的な成長に向けた取り組みが評価された結果だと受け止めています。これからも社会のニーズや価値観の変化に先んじて事業の変革に挑み続け、いつの時代においても社会にとって存在価値のある企業であることを目指していきます。

 

そのためにも、私は、従業員一人ひとりの心にあるアスピレーション(志)を引き出し、実現するための多様なアイデアや、やり遂げようとする情熱の総和を全社の大きな力に変えていくべく、リードしていきます。


そうした私たちの取り組みが、多くのステークホルダーの皆さまに対する貢献となり、地球上の笑顔の回数を増やし、持続可能な未来の創出につながると信じています。