助野︰取締役会の役割は言うまでもなく、経営の目指す方向性を定めて、執行がそれに向かってきちんと進んでいるかをモニタリングすることです。その上で、必要に応じて適切に軌道修正を行うことが、取締役会の役割ですね。私が最も大事だと思うのは、将来にわたって富士フイルムグループが、世の中の信頼を得続けるために何をすべきか、複合的な視点からしっかりと議論していくことです。これがガバナンスの基礎だと考えています。
菅原︰今回、グループパーパスの策定に社外取締役としても直接関与し、生の議論に参画できたことは貴重な機会でした。富士フイルムグループは、外部環境の変化に機敏に対応しながら事業構造を変革してきた、数少ない日本企業の一つです。国内外問わず、いろいろな人や組織がグループを構成する中で、一体感を醸成するためにグループパーパスを策定したことは大変意義があると感じています。
助野︰おっしゃるとおり、富士フイルムグループは2000年代を境に大きく変わりました。変化できた理由には、私たちが先輩たちから受け継いできたDNA、特にチャレンジ精神があったからこそだと思います。チャレンジ精神を持った人々の組織が一つの方向を向くためにグループパーパスを策定しましたが、1年以上かけて従業員によるプロジェクトメンバーが中心になって、グループ内の考えを集約してつくり上げた過程も重要であったと考えています。
菅原︰当社の現状を見てみると、売上高のうち国内市場向けは約3分の1に過ぎません。バイオCDMOや半導体材料など、当社の成長領域である事業を中心に、海外の従業員が非常に多くなっています。また、M&Aを通して新たにグループの一員となった従業員も数多くいます。こうした状況で、富士フイルムグループが昔から持っているDNAを新しいメンバーに伝えていくのは、生半可な努力ではできません。
新たなグループパーパスやその策定過程は良いと思いますが、新しい仲間に浸透させていく上で重要なのは、助野議長や後藤CEO、執行幹部の皆さんと従業員との絶え間ない対話です。グループパーパスは策定して終わりではなく、出発点であり、グループ全体の一体感を持ちながら従業員一人ひとりが、社会への貢献にプライドを感じられるようにすることこそが重要です。私たち社外取締役も、従業員や社外のステークホルダーに訴えかけ、積極的にそのプロセスに参画していきたいと考えています。
助野︰取締役会議長の最も重要な役割は、取締役会で自由な議論を促進することだと考えています。そのために、十分な情報を各取締役に提供することと活発な議論を喚起する雰囲気をつくることがカギとなります。
世の中では、取締役会の過半数を社外取締役で構成すべきだという議論もありますが、それが本質ではなく、重要なのは、会社をより良くするために深掘りした議論ができる専門性をもった人たちを集め、議論の質を高めることです。大事なのは実質だからです。
菅原︰取締役会の構成については、形式的な独立性や多様性の確保に注力する会社が多い中、当社は実質的に会社の将来に貢献できる人物を取締役として登用していると感じます。性別や国籍ではなく、人物本位でメンバーが選ばれているために、企業価値を高めるための本質的な議論を行うことができています。助野議長のリーダーシップのもと、取締役会の実効性は高く保たれていると感じています。新たに加わった鈴木貴子取締役という、経営者としての実績や経験が豊富な方が選任されたことで、今後の取締役会において、さらに実質的な議論を深めていけると楽しみにしています。
助野︰私は、執行を担う事業子会社がすでに議論を重ね方向性を決めた案件については、あらためて当社取締役会で決議を行うのではなく、適切に報告を受けてそれをモニタリングするのが本来のガバナンスだと考えています。取締役会で審議すべき議案を適切に選定するために、今回の改定で基準を引き上げ、グループ全体の経営に大きな影響を与える案件を取締役会で十分に時間をかけて議論する方針にしました。取締役会で議論すべきテーマは、中長期経営戦略、人的資本、経済安全保障やサステナビリティなど、富士フイルムグループをより良い会社にし、世の中から信頼を得続けるための全社的な課題であるべきです。そうした議題を深くディスカッションすることにフォーカスしたいという思いがあります。
菅原︰これまで当社の取締役会では、事業子会社の投資やM&Aなど個別プロジェクトの承認が相応の割合を占めていました。もちろん、これらの理解を深め、審議することは重要ですが、それ以上に、会社を取り巻く環境の変化に対して、戦略的にどう対応するかを議論することがより重要です。私たち社外取締役は、当社の個別事業の専門家ではないため、より大きな、会社の方向性を決める議論に関与することが本質的な貢献につながると考えています。
ただし、これを実現するためには、執行側と社外取締役の双方に覚悟が必要です。まず、執行側には、戦略の議論が空理空論に終わらないよう、個別課題に関する情報を取締役会以外の場でも私たちと共有していただきたいと考えています。また、社外取締役としては、提供された情報をしっかりと受け止め、当社の事業を適切に理解した上で会社の方向性が正しいのかを考え抜く必要があります。戦略的議論の真剣勝負の場になるよう、場当たり的に意見を述べるのではなく、入念に事前準備をした上で取締役会に臨むことが重要です。
たとえば、市場からの注目が特に高いバイオCDMO事業に関連する議題が度々取締役会に上がってきますが、事業の根幹を担う海外の責任者の声を直接聞く機会がありませんでした。
そこで助野議長に機会を設けていただき、バイオCDMO事業子会社のFUJIFILM Diosynth Biotechnologiesのラース・ピーターセンCEOを取締役会に招いて、事業にかける思いや現場における具体的な活動内容を直接聞くことができました。それはとても貴重な機会だったと感じます。私自身、ラースCEOの話に触発されて、一度バイオCDMOの現場を見に行きたいと思い、建設中のノースカロライナ拠点を個別に訪問しました。現場に直接足を運ぶことで、なぜ新たに工場を建てているのか、今どういう熱意をもってそのプロジェクトに取り組んでいるのかということをより深く理解することができました。取締役会での生の情報に触れることで、より深い議論や実効性の高いアクションにつなげることができます。
助野︰ラースCEOにとっても、当社の取締役会で社外取締役の皆さんから、さまざまな意見を聞くことで、事業の方向性をあらためて見つめ直す、新たな気づきを得る良い機会となったと思います。これからも、こうした機会を積極的に設けていく予定です。
菅原︰当社の取締役会内外における情報提供のあり方や議長・CEOとのフランクな意見交換などを通して、虚心坦懐に議論することが可能となっています。取締役会事務局の働きによって環境整備が非常にうまく機能しているものと受け止めています。また、当社の取締役会における議論は、非常にチャレンジングであり、またエキサイティングでもあり、毎回ワクワクする思いで参加しております。
助野︰株式報酬制度は以前から導入されていましたが、海外在住の役員に対しては税制上の制約から株式を付与できていませんでした。同じ役員でありながら、国内・海外間で異なる報酬制度を適用するのはおかしいという意見があり、社内で問題意識が共有されていました。今般、新しい制度の導入により税制上の論点もクリアされ、海外在住の役員や外国籍人材にも株式報酬を付与できるようになりました。
また、これまで社外取締役の報酬は固定報酬のみとし、株式は付与していませんでした。過去には、株主・投資家の間では社外取締役が株式を持つことに反対する意見も多く、中立の立場を守るべきだという考え方が主流でした。しかし、最近では社外取締役も株主と同じ視点で考えるべきだという意見が増えてきています。他社の株主総会でも、なぜ社外取締役が株式を保有していないのかといった議論が出てくるようになり、こうした世の中のトレンドも見極めながら、指名報酬委員会でも議論を尽くした上で制度の変更に至りました。
菅原︰今回の株式報酬制度の導入は、日本企業の中で先進的な取り組みであると実感していますが、それ以外にも評価すべき点が2つあります。
1つ目は、中期業績連動型の株式報酬において、非財務評価指標としてCO2排出削減目標だけでなく、従業員エンゲージメントスコアを新たに加えたことです。これは、環境への対応だけでなく、経営計画を達成する上で、当社が人的資本を非常に重視していることを社内外に示すものと言えます。
2つ目は、新たに従業員向けの株式交付信託を設定することで、基幹人材である従業員に対して、従来よりもさらに広く株式を付与することが可能になったことです。これにより、優秀な人材の獲得や従業員の意欲向上を図ることができるようになります。
当社には業界の先頭を走りながら、積極果敢な取り組みを進めていってほしいと思います。
助野︰新たな中期経営計画「VISION2030」を策定するにあたって、まずは前中期経営計画である「VISION2023」の振り返りを行うよう、執行側に要請しました。VISION2023では営業利益などの業績目標を1年前倒しで達成しましたが、それだけを評価するのではなく、計画立案時に掲げたさまざまな目標について、達成できたこととできなかったことをしっかりと分析することが新中計策定において欠かせません。特に、達成できなかったことについては、その原因を徹底的に分析し、新たな中期経営計画の策定に生かすべきです。この振り返りを怠ると、同じ過ちを繰り返す可能性があるからです。これは当社の仕事の進め方である、富士フイルムメソッド「See-Think-Plan-Do」に立ち返ることを意味します。VISION2030は、その点をしっかりと踏まえ、VISION2023の振り返りに基づく中期経営計画になっているので、より地に足のついた計画に仕上がっているのではないでしょうか。
菅原︰VISION2030では、2024年度から6年先の2030年度を見据えた長期的な目標を設定し、その上で2026年度の詳細な目標を定めています。中期経営計画では通常、3年間の計画に全力を注ぎがちですが、現在の環境変化のスピードは過去の3年間とは全く異なります。そこで、長期目標を設定しつつ、足元の3年間の目標を柔軟に見直しうる体制を整えるというのは正しいやり方であり、経済安全保障の動向やAIをはじめとした技術の進歩に機動的に対応していく上で、非常に有効かつ現実的な手法であると考えます。
この柔軟かつ機動的対応という観点で、当社が優れていると感じる点は、リスクの変化を明確に把握しているということです。リスク分析は取締役会で議論されますが、昨年検討したリスクマップと今年のリスクマップを比較し、どこが変化したのかを明確にしています。変化したリスクや重要度が増したリスク、逆にウェートが小さくなったリスクを把握することで、それらへの正しい対処が可能になりますね。
助野︰リスクマップのアップデートに基づいた議論を、取締役会で深掘りして行いましたが、特に注意すべき課題は、情報セキュリティとヘルスケアの品質問題です。これらは、社会からの信頼を得続けるために重要なリスクマネジメントのポイントであり、会社としての取り組みをしっかりと伝えていく必要があります。
情報セキュリティにおいては、ハッカーの技術が日進月歩で進化しているため、防御のための投資を惜しまず、優秀なIT人材を確保し育成することが肝心です。最近、グローバルでOSに関する大きな問題が発生した際、ITチームが迅速に対応したのを目にして、IT人材の育成と確保の重要性を改めて認識しました。
菅原︰私もリスク管理においては大きく2つの点に留意しています。1つ目はサイバーセキュリティで、ランサムウェアといったサイバー攻撃を防ぐことは至難の業です。特に当社はグローバル企業ですから、どこかに脆弱性が残る可能性は否定できません。そこで取締役会で質問したのは、本社がリアルタイムで侵入を検知し、対応するための指揮命令システムがあるかどうかです。説明によると、本社が責任を持ってリアルタイムでサイバーリスクをマネージする体制の整備が進んでいることを聞き、安心しました。
2つ目はAIの活用です。AIは多くの場面で活用されていますが、プライバシー情報の漏洩や誤情報による被害が懸念されます。取締役会では、所定の利用許可を得ずに生成AIを利用するリスクへの対策についても確認しました。当社ネットワークにアクセスする端末に実装されているセキュリティソフトウェアにより、本社が接続禁止としたウェブサイトへの接続が制限されるため、許可を得ていない外部の生成AIへのアクセスがブロックされるとのことで、適切にリスク回避のための施策が講じられていることを確認できました。
ただし、サイバーセキュリティやAIの利活用は今後ますます複雑化します。これらはビジネスの根幹に関わる問題ですので、取締役会でも引き続き報告を受け、しっかり監視していきたいと思います。
助野︰当社は長年にわたり、写真フィルムを世の中に提供してきました。私が入社した際、先輩から「富士フイルムは何を売っている会社か?」と聞かれ、その答えとして「信頼」と言われたことが今でも強く印象に残っています。写真は二度と撮り直せない大切な瞬間を捉えるものであり、かつ、撮影した時点では結果を確認することができないという点からお客様は当社のフィルムに信頼を寄せて購入しています。これまでも、生産現場などで欠陥が見つかれば即座にエスカレーションして出荷停止などの対応を取るなど、厳格な基準により対応してきました。リスクに対する感度の高さや迅速なエスカレーションの徹
底は、まさに当社の特徴と言えるのではないでしょうか。
こうした企業文化こそ、他社に対する競争優位を築く重要な基盤であり、このDNAを今後も後世に引き継いでいかなければなりません。この信頼のDNAこそが、当社のリスクマネジメントの強みであり、将来にわたる持続的な成長の源泉となっているものと考えます。