資本市場との対話と社外取締役の役割について

――取締役会では本年1月にセルサイドアナリストとの対話を実施しました。
それを踏まえて、資本市場からの期待をどのように受け⽌めていますか?

江田:中長期の経営計画の中で、確固たる成長戦略を描けている点は当社の強みである一方、その価値が十分に現在の株価に反映されていないという声があることは認識しています。企業価値向上は取締役会の使命です。資本市場の見方を真摯に受け止め、取締役会の重要なテーマとして取り上げ、改善に向けた取り組みを進めていかねばなりません。

 

夢を語るだけではなく、それが実際の利益成長や資本効率の改善につながっているという観点が重要です。社外取締役として、執行に対して取り組みの進捗やその成果を継続的に確認するとともに、資本市場の声や期待が経営に反映されるように今後も働きかけていきます。

 

鈴木:1月に行われたアナリストとの対話では、資本市場から、成長分野への積極投資は評価されていました。ただ、成熟事業にも同じように経営資源を配分しているように見えることへの懸念も示され、結果として当社への評価を難しくしていることが、あらためて指摘されたと考えています。取締役会でも議論してきたことではありますが、事業ポートフォリオの方向性をこの時点で一度示す必要性を再認識しました。

 

本年8月に発表したビジネスイノベーション事業のパーシャル・スピンオフを含む戦略的選択肢の検討開始について、今回その方向性を示したことは、資本市場で一定の評価を得たと受け止めています。今後、分離後の富士フイルムグループ及びビジネスイノベーション事業の総体としての企業価値を高めるために、どのような選択肢が最適なのかを見極めていきたいと思います。

成長投資の議論やモニタリングについて

――中期経営計画「VISION2030」では、バイオCDMO事業や半導体材料事業を成長領域とし、
両事業への成⻑投資を戦略の中核に位置付けています。取締役会では、これらの事業に対してどのような議論を⾏っていますか?

江田: 成長領域に対して長期的かつ大規模な投資を進めてきたことから、取締役会では投資判断の妥当性についての議論のみならず、投資リターンの進捗と環境変化によるリスクの双方を継続的に確認しています。そして、必要に応じて執行にリスクへの対応を促すことが重要です。特に、今年度は「VISION2030」の3年目を迎え、計画策定時に比べて事業環境は大きく変化しています。また、バイオCDMO事業のように成長スピードが速く、事業規模も大きく拡大している領域では、事業環境やリスクの構造も変化していきます。取締役会としては、そうした変化をタイムリーに把握し、必要な対応につなげていくことが重要だと認識しています。当社は、独自のマネジメントサイクルであるSTPDのプロセスに基づき、計画達成に向けた適時の軌道修正を行っていると考えていますが、取締役会では執行の進捗を適切にモニタリングし、計画との乖離や与件の変化の兆候を早期に察知することが欠かせません。

 

現在、当社では、事業固有のリスクについて各事業部にその管理を委ねるだけでなく、経営視点を取り入れた全社リスク管理と統合したプロセスへの見直しが行われています。大型投資が成長機会を着実に捉え、期待されたリターンにつながっているか、新たなリスクは生じていないか、こうした仕組みを活用しながら検証を行い、投資成果とリスク管理の実効性を継続的に見極めていきます。

 

鈴木:地政学リスクや規制動向など数多くの変数があり、先行きを見通すことが難しい領域で投資を継続するには、変化の兆しを早期に捉え、資本市場に対してもネガティブサプライズを与えないようモニタリングすることも重要です。取締役会がその兆しをいち早く察知するために、何か新しい仕組みを入れるべきなのか、場合によっては組織固有の考え方や業務プロセス・習慣まで踏み込んだ対策を取る必要があるのかもしれません。これは、たとえば機関設計を変更すれば解決するという問題ではありません。取締役会としては、執行が安心して積極果敢な投資を続けられるよう、必要なときにはブレーキ役となりながら、挑戦を後ろから支える存在でありたいと考えます。こうした役割を果たしていくため、執行との建設的な対話を重ねながら、取締役会としての監督機能の実効性を高めていきたいと考えています。

江田:取締役会では、バイオCDMO事業や半導体材料事業を中心とした成長領域のアップデートや、事業リスクについてのアジェンダが定期的に設定されています。ただし、事業環境が私たちの審議のタイミングに合わせて変化してくれるわけではありません。事業機会を左右する環境変化やリスクの兆しを感じた時点で、いかにタイムリーに取締役会のアジェンダとして取り上げ、議論できるかが大事です。その上で、社外取締役にはさまざまな経験や知見を持つメンバーが揃っているため、執行とは異なる視点から「こういうことも考えられるのではないか」といった示唆を提供できればと思います。

 

鈴木:バイオCDMO事業や半導体材料事業の製造拠点や市場の多くは、海外に存在します。そのため、海外で起こる事業環境の変化をタイムリーに肌で感じることは難しく、私個人としてはそこに大きなリスクを感じています。そこでバイオCDMO事業について、顧客の製薬企業など現場に近い方々から直接お話を伺う機会を設けられないかと提言し、顧客側から当社グループに入社したばかりの海外現地法人の幹部の方々との対話の機会を持ちました。対話の中で特に印象に残っているのは、当社グループの強みを尋ねた際に彼らが「人材である」と即答したことでした。当社でのキャリアが浅い方にとっても、当社グループのバイオCDMO事業に対する誇りや自信を強く感じることができたため、大変心強く感じました。こうした機会を今後さらに増やしていければと思います。

 

江田:同感です。現場の幹部と直接対面して、目を見てお話しすることで、経営陣を通じた報告だけではつかみ切れない実感も得られます。特に企業文化の面では、グループパーパスや企業理念を共有し、同じ方向を向くことができているかは実際に対話してみなければ分からない部分があります。その意味でも、現場の幹部と直接対話する機会を持てたことは非常に良かったと感じています。

事業ポートフォリオ変⾰について

――当社の事業ポートフォリオ変革への取り組みについて、今後の課題や提⾔をお聞かせください。

鈴木:当社の事業ポートフォリオの中で各事業がどのようなシナジーを生み出しているのか、また、グループ全体の無形資産がそうしたシナジー発揮や競争力の強化にどのように寄与しているのかという観点が重要だと考えています。この点は投資家の皆様にもこれまで説明してきましたが、その本質が十分に伝わっているか注視したいです。当社グループには、人材やAI・DXを含む技術、知的財産、デザインなど、グループ全体で保有するさまざまな無形資産があります。それらを特定の事業に固定せず、共有資産として事業をまたいで有効活用できることは、当社の大きな強みです。これらの無形資産が将来の成長や競争優位の源泉としてどのような役割を果たすのかを踏まえ、今後の事業ポートフォリオの方向性を見定めていきたいと思います。

 

もう一つ重要なのは、当社の取締役会には、サステナブル社会の実現に向けて社会価値と経済価値を両立させ、業務執行の方向性が社会の求める中長期的な価値と合致しているか監督する役割があるということです。経済合理性のみで判断するのではなく、社会価値を生み出す事業をどのように組み合わせ、それを社外にどのように示していくのかという視点も欠かせません。こうした観点から、当社がどのような価値を社会に提供し、事業ポートフォリオ全体としてどのような価値創造を実現していくのか、その考え方をより明確にしていく必要があると思います。

江田:おっしゃる通り、当社の強みの根幹には、人材や技術、ブランドといった事業を横断する事業横断的な無形資産の存在があると考えています。これまでさまざまな事業を経験してきた人材が、現在ではバイオCDMO事業や半導体材料事業等の成長領域で活躍しているのは、その典型例です。複数の事業セグメントがあるからこそ形成される現在の富士フイルムグループの姿があり、そうした価値に基づく事業ポートフォリオの意義は今後も丁寧に説明していかなければなりません。今回、ビジネスイノベーション事業についてはパーシャル・スピンオフを視野に入れた検討を開始しましたが、分離後の同事業と富士フイルムグループの双方が確実に成長を遂げている事業ポートフォリオの将来像を示せるのかという点について、取締役会においてもさらに議論をしていかなければなりません。その際には、経済的価値だけではなく、鈴木さんがおっしゃったとおり、各事業が中長期的にどのような価値を社会にもたらしていくのかという点も見極めつつ、分離後の両社がそれぞれの強みを最大限に発揮できる成長シナリオを描いていく必要があると考えています。

 

また、同事業については、富士フイルムグループ内にとどまらないことによって実現できる価値創造の仕方があるでしょう。より機敏な意思決定が可能になったり、新たなパートナーシップを検討できたりする可能性もあります。一方、富士フイルムグループについても、これまでグループ全体の売上高の3分の1程度を占めてきた同事業を分離した後、ヘルスケアや半導体材料事業などの成長領域を伸ばしながら、イメージングにも引き続き注力し、持続的に成長していくシナリオを描くことが欠かせません。これまで一つのグループとして考えてきたものを、今後は富士フイルム及びビジネスイノベーション事業の双方で、それぞれの成長戦略と価値創造のシナリオについて考えていかなければなりません。

資本効率(ROE・ROIC)向上について

――資本効率の改善は中計期間を通した継続的な取り組みですが、社外取締役から⾒た今後の課題や提⾔をお聞かせください。

江田:成長投資が先行する局面では、どうしても一時的に資本効率が伸び悩むことがあります。ただ、本質的に重要なのは、現在の投資が将来の利益成長や企業価値向上につながるかという点です。投資案件の進捗を確認することはもちろん、短期的な業績や資本効率のみで評価するのではなく、中長期的な価値創造につながる投資ができているのかという視点を大切にしていきたいと思います。短期および中長期のリスク・機会の両面から検証し、結果として資本効率の向上につながっていることが望ましいと考えます。

 

社外取締役として、成長投資や事業ポートフォリオの見直し、株主還元のバランスを意識しつつ、資本コストを上回る価値をいかに創造していくのか、その道筋と進捗をしっかりとモニタリングしていきます。足元では、資本市場からは厳しい見方があることは十分承知していますが、一方で本質的な価値創造には時間を要する部分もあります。それを着実に実現できるよう、経営陣との対話を重ねていきます。

 

鈴木:当社の人材は資本効率への意識が非常に高く、決してテクニカルに分母を減らすのではなく、まずは収益を高めていくことをしっかりと考えています。利益率や設備稼働率の向上、値上げを含む価格対策、低採算事業の整理、品種削減等の活動が習慣として根付いています。また、分母を減らす際も帳尻合わせのためではなく、遊休設備や不動産等の非中核資産を整理するなど、事業戦略上の整合性や必要性に照らしながら意思決定しています。政策保有株式についても、保有する意義や投資リターンをきちんと検証した上で、保有を継続するか縮減するかを判断しています。こうした取り組みを一つひとつ着実に積み重ねながら、資本効率を向上させようという意識が浸透していることは素晴らしいと思います。

 

当社は、事業構造の大胆な転換を経験したことで、余分な資本を持たないといった考え方も含め、資本効率を意識した経営が身に付いているのではないでしょうか。現時点では資本市場からの厳しい見方もありますが、資本効率を意識する姿勢が根付いていれば、将来的には資本市場が期待する水準を目指していけると考えます。

取締役会として何を議論していくべきか

――今後、取締役会で重点的に議論していくべきと考えられるテーマについて、考え方をお聞かせください。

江田:企業価値向上の実現に向けては、成長投資をリターンに結実させる力と、それを支える事業リスク管理の高度化が不可欠です。当社はこれまで培ってきた人材や技術、ブランドといった強固な事業基盤を有していますが、それらを生かしながらさらに高い成長を目指していくことが大切です。そのためには、事業環境の変化やリスクの兆候をいち早く捉え、適切に対応していく力を組織として高めていかなければなりません。事業や投資のスケールがこれまでにないレベルへ拡大する中で、リスクを早期に察知し、的確にマネジメントする能力は、成長投資を成功に導くための重要な要素になると考えています。

 

取締役会としても、これまで実施してきた投資が着実に成果につながっているかを継続的にモニタリングしていきたいと思います。また、その進捗や取締役会での監督状況についても、分かりやすく発信していくことも同時に大切だと考えています。

 

鈴木:今後の成長を考える上で、当社がこれまで培ってきた無形資産の価値を改めて見つめ直すことも重要だと考えています。特に近年はAIやDXの進展によって、当社独自の技術や人材、ブランドといった無形資産の強みが新たな形で結び付き、これまでにはなかった価値創出の可能性が広がっています。

 

当社は本業喪失の危機に際して、自社のコア技術を棚卸しし、成長領域を見出してきました。現在では、AIやDXの進展という大きな環境変化が起きており、これらの技術と当社固有の技術が組み合わさることで、新たな事業機会が生まれているように感じています。過去に培ってきた強みを改めて整理し直し、新たな価値創造の可能性を見極めていくことが重要ではないでしょうか。こうしたテーマについても取締役会で積極的に議論しながら、企業価値の向上につなげていきたいと考えています。